残酷な神が支配する(萩尾望都著 小学館文庫 2004)

こいつを むさぼり喰いたい オレの獲物を 
そうだ オレは 喜々として 一緒に断崖を 落下し続けてるじゃないか(9巻p291)

残酷な神が支配する (1) (小学館文庫)

残酷な神が支配する (1) (小学館文庫)

※以下の内容には『残酷な神が支配する』のネタばれが含まれます※
ずっしりと重みのある、木の実のような作品だった。もしもこれが文芸作品で、ただの文字の羅列だったとしたら読み切れなかったかもしれないほどの毒素を含んでいた。
物語は、安易に一本化出来るようなものではないけれど、便宜的にまとめるなら
トラウマ(性的虐待や殺人)を抱えたジェルミが混乱から立ち直ってゆこうとする話
ということになるだろうが、これでは全くこの作品の説明になっていないだろう
まず、ジェルミは結局全快したとは言い難い状態で物語は終わっている。そこには生々しい現実が描写され、物語の主人公としての敗北が顔を覗かせている。彼は病気との共存の仕方を覚えただけで、12月にはイアンと寝るし、イアンもそれを楽しんでいる。
つまり、8巻あたりからジェルミ・イアンが脱出しようとしてきた物語は解決しないままになっている。
そしてもうひとつは、この話の主人公をジェルミとしていいのかどうか、という所で、確かに前半はジェルミの葛藤であったけれども、後半はイアンも十分、ジェルミのように苦しんでいるのである。
だから、この話を (子離れのように)イアンがジェルミの束縛を減らし、ジェルミの異様さを認め、我慢を覚えていく話とすることによって、うまくまとまらないだろうか。プロット展開はこのへんで。
みんながみんな、割と不幸を背負って悲観にくれて生きていくんだけど、じゃあその元凶は何かというと、グレッグとサンドラ、この2人のマジキチと言えるのでは。じゃあマジキチだったら必ずしも忌避すべき存在かというと、面白いのは、ある種マジキチ的な存在であるバレンタイン(とエリック)にきっかけを得てジェルミはイアンと距離を置くようになること。
ただし、一人だけ不幸をはねのけるすごい人がいて、それがマージョリーである。
姉のナディアが最後、ヨルクと結ばれて最も一般的な不幸からの脱却を成功させるのに対して、マージョリーは最初から最後まで全く人格や立場が変わらない。もちろん彼女にハッピーエンドも用意されていない。ある面では、物語の進展のためだけに登場させられた表面的なキャラクターと言うこともできるが、個人的には死んでも(意識不明までは本当に行ったしね)ブレない、強い人間として着目していた登場人物であった。
この世の中を残酷な神が支配していて、不幸に生きなければならないとしたとき、みなが神経質で消極的に生きる中、マージョリーのような生き様は一つの解決策になっているのではないか。というか、あんなふうに生きてみたい。