天国の発見(ハリー・ムリシュ著 バジリコ 2005)

「それ以来、天国の側からは、遠近法の消点をすり抜けてこちらの世界にはいって来たものはいない――きみはもしかして、そう言いたいのかな?」 「そういうナンセンスはわたしの口からは聞けないわよ」 「残念」 「消点の天国の側は存在しないの」<中略> 「…

モロイ(サミュエル・ベケット著 白水社 1995)

私は彼女を理解するより、おうむのほうをよく理解したということだ。おうむは、ときどき、この売女の、助平の、糞たれの、たれ流しと言っていた。<中略>ラウスは、かわいいポリーちゃんと言わせようとこころみていたが、どうやら手遅れだったと思う。おう…

百年の孤独(ガルシア=マルケス著 新潮社 2006)

「戸や窓を開けるのよ。さあ、肉や魚を料理して。亀を買うんだったら大きいのをね。よそ者をどんどん呼んで、隅のござで寝たり、薔薇の木に小便をしたり、そこらを泥靴で汚したり、好きなようにしてもらったらいい。屋敷が荒れるのを防ぐ手は、これしかない…

V.(トマス・ピンチョン著 新潮社 2011)

独りで追っていったワニのことを、プロフェインは振り返ってみた。そいつは、みずから歩をゆるめて追いつかせ、自分から求めるように撃たれていった。なにか取り決めでもあったのか。(中略)プロフェインはワニに死を与える、ワニは彼に職を与える。それで…

世界終末戦争(バルガス=リョサ著 新潮社 2010)

「包囲される前にどうして逃げ出さなかったんだ、こんな鼠捕りのなかにこもって殺されるのを待っているなんて、まったく気違い沙汰じゃないか」 「逃げる場所なんて、どこにもないんだよ」とナトゥーバのレオンが言った。「もうこれまで十分逃げまわってきた…

アウステルリッツ(W.G.ゼーバルト著 白水社 2003)

どんな因果によってかかつての所有者よりも長生きして破壊の作用を免れ、テレジンの小道具屋に打ち寄せられた装飾品や道具類や記念の品々もまたことごとくが時を止めているのであり、それらのあいだに、今、私自身の影が幽かに、あるかなきかに写っているの…

黒い時計の旅(スティーヴ・エリクソン著 福武書店 1990)

二十世紀の外に?と彼女は考え、父親の胸の内を思ってぞっとした。「でも秘密の部屋には何があるの」と彼女はそっと訊ねた。しばらく間をおいてから、父はようやく「良心だ」と答えた。 <中略> 優しい眼差しで、彼女は父親の狂気を見つめた。この人は二十…

魔術師(ジョン・ファウルズ著 河出書房新社 1972)

私は突然その場で私たちが一つの肉体、一つの人格と化してしまったような感覚に襲われた。その瞬間、アリスンが消えたならば、私は自分の半身を失ったように感じたに相違ない。その頃の私ほど頭脳的かつ自己陶酔的でない人ならば簡単に分かったのだろうが、…

第三の警官(フラン・オブライエン著 筑摩世界文学大系68 1998)

「鉄製自転車を乗り廻すことのに生涯の大半を費やす人々については、原子交換の結果、本来の性格と自転車の性格との混交が認められる。この教区の住民のうち半分人間、半分自転車と目される人々の数を知ったらあんたも仰天するだろう」(6章 p386)ジョイス2…

夜のみだらな鳥(ホセ・ドノソ著 集英社 1984)

ただ、物語の肝心かなめの点だけは変らない。つまり、父親の幅広なポンチョが戸口をふさいで、身分の高い登場人物である娘を隠し、作男たちの注意と報復を老婆のほうへそらすべく物語の中心から遠ざけているということである。<中略>ひとりの人間としての…

私自身の見えない徴(エイミー・ベンダー著 角川文庫 2010)

以前、私は死というものは私たちの体のどこかに隠されているのかもしれないと考えていた。<中略>人それぞれちがう。それぞれの寿命が決まっている。あなたが死を迎える日、それは溶け出して体中から流れ出す。温かい、お風呂でたっぷりかく汗みたいに。そ…

輪るピングドラム(監督:幾原邦彦 制作:ブレインズ・ベース) 考察

この世界は強欲な者にしか実りの果実を与えようとしない。だから、全てを捨てた父を私は美しい人だと思っていた。でも、目に見える美しさには必ず影がある。あそこは美しい棺。私はそのことに気づかない子どもだった。(22話 夏目真砂子) 輪るピングドラム …

神様のボート(江國香織著 新潮文庫 2002)

でもそれはかなしいことじゃないわ。<中略>すぎたことは絶対変わらないもの。いつもそこにあるのよ。すぎたことだけが、確実に私たちのものなんだと思うわ(1997・高萩 p20) 神様のボート (新潮文庫)作者: 江國香織出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2002/…

ハリガネムシ(吉村萬壱著 文春文庫 2006)

もし何人もの人間に対する開腹や整形などの手術を施す権力が与えられたとしたら、疑いなく私はそれを断行するだろう。それを思うとゾクッとした。(p103)ハリガネムシ (文春文庫)作者: 吉村萬壱出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2006/08メディア: 文庫購…

マルドゥック・スクランブル(完全版)2・3(冲方丁著 ハヤカワ文庫 2010)

泣きながら考えた。前進することについて。ウフコックもドクターも前を見ていた。前進し、漠然とした価値や目標に向かって、具体的な成果を上げようとしている。だがシェルやボイルドは違った。彼らは振り返ってしまったのだと思った。自分自身を振り返り、…

とある紛争の大量虐殺(ジェノサイド) Ver.β(渡辺零著)を読ませていただいた

「渡辺の書庫」の管理人さんの渡辺さんが書いたISBNのつかない小説は、とある魔術の禁書目録(以下インデックスとします)と虐殺器官のクロスオーバーとなっているようだ。 渡辺さんの記述を見てもらえば良く分かることだが、インデックスも虐殺器官も共に渡辺…

虐殺器官(伊藤計劃著 ハヤカワSFシリーズJコレクション 2007)

言語が人間の思考を規定しない、というのはわかる。とはいえ、言語が進化の適応によって発生した『器官』にすぎないとしても、自分自身の『器官』によって滅びた生物もいるじゃないか。 長い牙によって滅びた、サーベルタイガーのように。(第二部 p90)虐殺器…

木のぼり男爵(イタロ・カルヴィーノ著 白水uブックス 1995)

彼の世界は、空中を渡る狭い、曲がりくねった掛け橋や、樹皮をざらざらにしてしまう結節や鱗や皺や、それにまた、柄に当たるわずかな風にもおののき、木の身を曲げるときにはともにヴェールのようにはためくあの木の葉の幕の、緻密であるか、粗いかにしたが…

マルドゥックスクランブル The1stCompression―圧縮(完全版)(冲方丁著 ハヤカワ文庫 2010)

男や、同性愛でも何でもいい。神様でも運命でもいい。愛されてるかどうか。それがないまま死んでしまうのが、一番、嫌だから。でも結局、それがないせいで、みんな死んでく気がする。実際に命が消えるんじゃなくて、色んなものが体の中で死んでくの。(第2章…

スター・レッド(萩尾望都著 小学館文庫 1995)

「・・・わたしのせいで・・・」 「おまえのせいでわたしは決心し わたしのせいでおまえは逃げる おまえのせいで一族はみだれ 一族のせいでおまえは追われる それぞれの運命は時間の上に八面のなわを張っている バランスよく」(p191)スター・レッド (小学…

充たされざる者(カズオ・イシグロ著 ハヤカワepi文庫 2007)

「あなたは明らかに、誰かがとても忙しく、厳しいスケジュールで仕事をしていて、何時間もこの町でうろうろしている暇はないかもしれないなどと、考えもしない。実際、言わせていただくなら、この壁はまさにこの町の象徴だ。あちらにもこちらにも、まったく…

残酷な神が支配する(萩尾望都著 小学館文庫 2004)

こいつを むさぼり喰いたい オレの獲物を そうだ オレは 喜々として 一緒に断崖を 落下し続けてるじゃないか(9巻p291)残酷な神が支配する (1) (小学館文庫)作者: 萩尾望都出版社/メーカー: 小学館発売日: 2004/10/01メディア: 文庫 クリック: 57回この商…

太陽のあくび(有間カオル著 メディアワークス文庫 2009)

「ほら、注文が一件入っとる。レモミカン、売れたんだぜ」 「本当か!」陽介の声が弾む。 「やっぱテレビの力はすごいかもよ。レモミカンの名前、全国に広がったかも知れん」(第3章 p120)太陽のあくび (メディアワークス文庫)作者: 有間カオル出版社/メー…

すべての愛がゆるされる島(杉井光著 メディアワークス文庫 2009)

「古ぼけた本にいくら禁止事項が書いてあっても、それだけでは戒律になり得ないということです。犯せば罰せられる。犯せば周囲からにらまれる。守れば祝福される。守れば永遠の命が与えられる。神の名において強迫し、快不快の物差しを造りかえること。幸せ…

千年の祈り(イーユン・リー著 新潮クレスト・ブックス 2007)

話して何が悪いと思うでしょうが、既婚男性と未婚女性が話すのは許されないことでした。あの頃は、そんな哀しい時代でした。そう。あの時代にふさわしい言葉は、哀しい、であって、若い人たちがよく言う、狂った、ではない。(千年の祈り p243)千年の祈り …

〔映〕アムリタ(野崎まど著 メディアワークス文庫 2009)

「映画を見て、人生を過ごしたのと同じだけの感動を与えられればいいんです」 彼女はそんなことまでも事も無げに言うのだった。 (第一章 絵コンテ p51)[映]アムリタ (メディアワークス文庫 の 1-1)作者: 野崎まど,森井しづき出版社/メーカー: アスキー・…

ラス・マンチャス通信(平山瑞穂著 角川文庫 2008)

由紀子は答えた。ほかにもたくさん、このことを知っている人が町にいると思うわ。みんなわざわざ口にしないだけ。わざわざ口に出さなければ、ないものと見なすことが出来るもの。本当はそうじゃないかもしれないっていう可能性が残るわ。(第三章 次の奴が棲…

ビラヴド (トニ・モリスン著 集英社文庫 1998)

かなりキケンだ。むかし奴隷だった女が、何かをこれほど愛しているのは危険なことだった。しかも愛しぬこうと決めたのは我が子だったとしたら、なおさら危険だった。いちばん賢いやり方は、ほんの少しだけ愛しておくのだ、と彼は経験から知っていた。(第1…