太陽のあくび(有間カオル著 メディアワークス文庫 2009)

「ほら、注文が一件入っとる。レモミカン、売れたんだぜ」
「本当か!」陽介の声が弾む。
「やっぱテレビの力はすごいかもよ。レモミカンの名前、全国に広がったかも知れん」
(第3章 p120)

太陽のあくび (メディアワークス文庫)

太陽のあくび (メディアワークス文庫)

※以下の内容には『太陽のあくび』のネタばれが含まれます※
本作は、メディアワークス文庫賞創設後、一回目の受賞作です。
で、印象としては、メディアワークス文庫創刊の意図に十二分に沿った作品だったのではないか。
創刊の意図というのは、<電撃文庫を読んで大人になった人に向けた、新しいエンタテイメント小説を送り出すこと>*1だそうです。

どんな話かと言うと、
売れなかった新ブランドのミカンが売れるまでの、ミカン農家とそれを売るTV通販会社の話
話のテンポはよく、ひっきりなしに小さな問題が起こっては小気味よく解決してゆきます。感覚としては細田守の映画みたいな感じだなと思った。
一般に文学小説というと、問題の解決にはえらく長い時間がかかり、それを丹念に描写してゆくというものが多いかと思いますが、本書では苦痛を感じる前に問題が解決されてストレスなく読めるわけ。
文学とはとは質からして違うわけ。まさしくエンタメ小説というものでしょうが、私がこの本の中で評価したいのは、

ミカンを売るということ、という地味そうな題材をとってこの経緯をエンタメにしたところが本書を数ある小説の中から唯一性のあるものにしている。
それはなぜかというと、ミカンをテレビショッピングで売るということ自体が極めて現代的かつ現実的なことだからです。
何が言いたいかと言うと、物語とは、架空のものであれば人はジャンルでくくり、そこにお約束的な構造を見出してしまいがちですが、ことノンフィクションとなればジャンルなんて存在しないか、あっても上記のジャンルとは比べ物にならないほど細かな住み分けが出来るわけです。
多分本書も、今度はリンゴの出荷の話だって、架空のものよりずっと読者に受け入れられやすいはず。

そういった意味では細田守の映画を見るよりよほど未来があるというものだ。
サマーウォーズを見るくらいなら、こっち読みなさい!という。世界を守るだと?こっちはミカンだぞ!ってね。

思うに、私を含めた大学生や新入社員の諸君は、社会を展望する位置を少し変えて、世界を守るんじゃなくてミカンを売ることにシフトした方がいいと思うんだよな。
ミカンを売るということはそれだけで一つ困難な局面を乗り越えるということで、このプロセスと世界を守るプロセスとは構造を一にするということをまずは理解してみるべきだろうね。

現実的に、世の中には友達とたむろして過ごすよりも世界を守ることに情熱をかけられる人も少なからずいそうだから、そういう人は取りあえずミカンを売ればいいんじゃないか。

あと、この話が面白いのは、やっぱり農家の人とTV局の人の価値観の微妙な違いが問題となるケースから、お互いのバックグラウンドや志を一応はリアルに感じ取れたことがよかった。本当に大泉キャスターみたいな人がいるかとかはまた別の話ですが。

結論は、エンタメであり、設定を超えた物語の構成が、メディアワークス文庫のビジョン的には理想的なものだったのではないでしょうか。そしてこの方向性は他のレーベルにはない何かがあるんじゃないか、ということ。